Youtuberって言葉がはやり始めた頃、俺も地元の仲間3人と動画を撮って金を稼ごうとした事があった。
人気のあるジャンルの動画をいろいろ調べた所「心霊系Youtuber」は一定の需要があるという事が分かった。
地元にはいくつか心霊スポットもあったし、友人の車を借りて少し遠出すれば県外にも出られる。
もし何も起こらなかったとしても、暗い場所で動画を撮って”それっぽい”リアクションと演出をすれば視聴回数が稼げるだろうと楽観的に考えて「心霊系YouTuber」になる事にした。
その日、俺たちは自宅からほど近い山の上で撮影を行っていた。
そこには古びた稲荷神社があり、煤けた赤い鳥居が異様な不気味さを醸し出している。
「日が暮れてきたら撮影開始だ」
その日の撮影は、「夜の稲荷神社に狐のお面を被って参拝したら狐の神様が降臨するのか検証してみた」と言う内容だ。
今思えば、本当にしょうもないし、下らない内容だと思うけど、動画投稿を開始したばかりの俺たちからすれば、それでも中々攻めた企画だった。
「ここでオープニングを撮ったら、ナイトモードに切り替えて参道を鈴を鳴らしながら祠まで行く所を撮影する」
「奥まで行ってお参りをしたら俺が”狐の鳴き声がする!”っていうから、コウキとノブハルは怖がる振りをして下まで走って逃げて来てくれ」
「分かった」
「思いっきり叫べばいいな」
「狐の鳴き声は編集で足すから、タイミングだけ頑張ってくれよ」
そもそも、この稲荷神社には何の曰くも、霊的な噂もない。
俺たちは、どうせ今日動画を撮影しても何も起こらないだろう端からと高をくくっていた。
やらせと言えば聞こえは悪い。
でも所詮、視聴者が求めているのは完全なリアルではなく「いかに怖くて面白いコンテンツがリアルっぽく出来ているか」と言う所だ。リアルで全く面白くない動画よりも、多少のヤラセでも怖くて面白い物を俺たちは求められている。
だから、多少のやらせはご愛嬌。
視聴回数が稼げて、それなりに面白い仕上がりになっていればOKと言うスタンスだった。
「じゃあ、撮影開始だ」
100円均一で購入した安っぽい狐面を被った俺たちは、家から持ち出したビデオカメラと三脚を使って撮影に臨む。
三脚に取り付けたビデオのスイッチを回し、オープニングの撮影がスタートする。
「今日は、俺たちの地元にある稲荷神社にやってきました!」
「昔から、この神社に”狐のお面を被って鈴を鳴らしながら参拝する”と、狐の神様が降臨するという噂があるので、本当かどうか検証していきたいと思います!」
「もうだいぶ暗くなってきたのでさっそく行ってみましょう!」
俺以外の二人の手には鈴。
これをシャンシャンと鳴らして歩けば動画的にも不気味さが増すだろう。
俺はカメラマンだから、俺のタイミングで合図を送れば、残りの2人が驚くリアクションをする予定だ。
オープニングを撮り終えた俺たちは、シーンを切り替えて参道へと向かった。
シャンシャン……シャンシャン……
コウキとノブハルの持った鈴の音が暗闇に響く。
赤い鳥居があわせ鏡のように何処までも続いていく不気味な参道を俺たちはひたすら登って行った。
シャンシャンシャンシャンシャン…
時間にするとものの1分程度。さほど多くはない階段を登りきった俺たちはそのまま奥に祀ってある祠へとたどり着く。
「じゃあ、お参りしようか」
狐面を被ったコウキとノブハルをビデオカメラ越しに見ながら声をかけると、無機質なツリ目の面が2つ、こちらを向いてコクリと頷いた。
絵的にも中々不気味で良い感じだ。
今回の動画はきっといい物になるぞと、心の中で拳を握りながら俺は祠に向かって手を合わせる2人の背中に話しかけた。
「おい、何か聞こえるぞ…!」
「え!」
「狐だ! 狐の鳴き声がする!」
「「う、うわぁあああああ!!!!!」」
想像以上の2人の叫び声に俺まで思わずビビってしまい、大きな声で叫んで走り出した。
コウキとノブハルが手にしていた鈴がシャカシャカとけたたましく音を立てる。
暗い参道を必死に駆け抜ける俺たちの姿と、不気味な鈴の音。
きっとこの動画は今までの中でも傑作になるに違いない。
既に俺はそう確信していた。
「ぜえ、ぜえ……よし、いい画が撮れたぞ」
「はぁ、はぁ……、何か暗闇で叫ぶと本当に怖くなるよな」
「これでこそ心霊系YouTuberって感じだろ」
オープニングを撮影した参道の入口まで戻ってきた俺たちは、息を斬らせながらもこの動画に手応えを感じていた。
「さっそく、今の動画見てみようぜ」
編集をする前に出来栄えを確認しておきたい。
もし、画角や映りが悪ければ取り直してより良い物を作らなければならないからだ。
俺たちは今まさに撮ったばかりの動画をビデオカメラで再生する事にした。
『どうも、コウキです!』
『ノブハルです!』
『タカシです!』
今居る場所で撮ったオープニングを再生し始めたその時
『キア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』
突然、絹を引き裂くような叫び声のような音がビデオカメラのスピーカーから流れ出した。
『キア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』
『キオオオオオオオオオッッ!! キオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
「何だこれ……」
「叫び声……?」
甲高く超音波のようにも聞こえるその音は、耳の奥にガンガンと響くくらいに鳴り響いている。
もちろん、撮影開始からここに至るまでこんな音には一切気づかなかった。
それなのにカメラからはオープニングで話す俺たちの声を掻き消す程の音量で割れんばかりの叫び声が響いている。
『今日はー…』
『キオオオオオオオオオオオオオキオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
『…ーた!』
『キアアアアアアアアアアアアアアッッキアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
絶句する俺たち3人を尻目に、ビデオカメラのスピーカーからは一切止まることなく叫び声が響いてくる。
『もうだいぶ暗くなって来ー…』
『キオッ!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!』
そこで俺は気づいてしまった。
「これ……叫び声じゃない、狐の鳴き声だ」
「狐って……」
「マジかよ……」
コウキもノブハルも顔を真っ青にして言葉を無くした。
動画内では、俺たちが参道を上がるたびに威嚇するような鳴き声はどんどん激しくなって行く。
『キオッ!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!キオッ!!!』
そしてその声は、まさに今ほど俺たちがカメラのスイッチを切る切るその瞬間まで続いていたのだった。
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後から知った事だけど稲荷神社の神様は狐では無く、狐は神様を守るための存在らしい。
あの日、俺たちが狐面を被りふざけ半分で境内に侵入したのを見た狐達が俺たちを追い出そうと威嚇していたのだろう。
神を冒涜する行為が以下に恐ろしい結果を招くかを痛感した出来事だった。
結局、撮った動画を確認した俺たちはエンディング部分を撮る気力が起こらず、お蔵入りとなった。
あの動画のデータは未だに消さずにHDD内に残っているけれど、再びあれを再生する気には到底なれなかった。