5chスレまとめ

【洒落怖】リゾートバイト③【長編】

俺達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、タクシーの窓を開けて中から運転手が話しかけてきた。「お客さんたち大丈夫ですか?」

俺達3人は何も答えられない。覚に限っては道路に伏せて泣いている始末だ。すると旦那さんが運転手に向かってこう言った。

「あぁ、すまんね。呼び出しておいて申し訳ないんだが、こいつらはここで降ろしてもらえるか?」

運転手は「え? でも…」と言い俺達を交互に見た。

その場を無視して旦那さんは覚に話しかける。

「俺がなんでおめぇらを追いかけてきたかわかるか? 事の発端を知る人がいる。その人のとこに連れてってやる。もう話はしてある。すぐ来いとのことだ。時間がねぇ。俺を信じろ」

肩を震わせ泣いていた覚は、精一杯だったんだろうな、顔をしわくちゃにして声を詰まらせながら言った。

「おねが…っ…します…」

呼吸ができていなかった。男泣きでも何でもない、泣きじゃくる赤ん坊を見ているようだった。

昨日の今日だが、覚は一人で、何かもの凄い大きなものを抱え込んでいたんだと思った。あんなに泣いた覚を見たのは、後にも先にもこの時だけだ。

覚のその声を聞いた俺は、運転手に言った。

「すいません。ここで降ります。いくらですか?」

その後、俺達は旦那さんの軽トラに乗り込んだ。と言っても、俺と樹は後の荷台な訳で。乗り心地は史上最悪だった。

旦那さんは俺達が荷台に乗っているにも関わらず、有り得ないほどスピードを出した。樹から女々しい悲鳴を聞いたが、スルーした。

どれくらい走ったのか分からない。あまり長くなかったんじゃないかな。まあ正直、それどころじゃないほど尾てい骨が痛くて覚えていないだけなんだが。

着いた場所は、普通の一軒家だった。横に小さな鳥居が立っていて石段が奥の方に続いていた。

俺達の通されたのはその家の方で、旦那さんは呼び鈴を鳴らして待っている間、俺達に「聞かれたことにだけ答えろ」と言った。

少し待つと、家から一人の女の人が出てきた。年は20代くらいの普通の人なんだけど、額の真ん中に大きなホクロがあったのが凄く印象的だった。

その女の人に案内されて通されたのは家の一角にある座敷だった。そこには一人の坊さんと、おっさん、じいさんの三人が座っていた。

俺達が部屋に入るなり、おっさんが眉をひそめ「禍々しい」と呟いた。

「座れ」

旦那さんの掛け声で俺達は、坊さんたちが並んで座っている丁度向かい側に3人並んで座った。そして旦那さんが覚の隣に座った。

するとじいさんは口を開いた。

「旦那、この子ら3人で全部かね?」

「えぇ、そうなんですわ。この覚って奴は、もう見えてしまってるんですわ」

旦那さんがそう言った瞬間、おっさんとじいさんは顔を見合わせた。

すると坊さん-離塵さんという名前だと後で教えてもらった-が口を開いた。

「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」

「いえ。実際行ったのはこの修って奴で」

「ふむ」

「覚は下から覗いていただけらしいんです」

「そうですか」

そして少し黙ったあと離塵さんは覚に聞いたんだ。

「あなたは、この様な経験は初めてですか?」

覚が聞き返す。

「この様な経験?」

「そうです。この様に、見えてはいけないものが見たりする体験です」

「…はい。初めてです」

「そうですか。不思議なこともあるものです」

「…俺…」

覚が何か喋ろうとしていた。そこにいた全員が覚を見た。

離塵「はい」

覚「俺…死ぬんでしょうか?」

そう言った覚の腕は、正座した膝の上で突っ張っているのに、ガクガクと震えていた。すると離塵さんは静かに一言一言を区切るように答えた。

「はい。このままいけば。確実に」

覚は言葉を失った。震えが急に止まって、畳を一点食い入るように見つめだした。それを見た樹が口を挟んだ。

「…死ぬって」

「持って行かれるという意味です」

意味を説明されたところで俺達はわからない。何に何を持って行かれるのか。更に離塵さんは続けた。

「話がわからないのは当然です。修くんは、堂へ行った時に何か違和感を感じませんでしたか?」

離塵さんが堂といっているのは、どうやらあの旅館の2階の場所らしかった。それで俺は答えた。

「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。2階の扉にはお札の様なものが沢山貼ってありました」

「そうですか。気づいているかも知れませんがあそこには、人ではないものがおります」

あまり驚かなかった。事実、俺もそう思っていたからだ。

「修くんはあの場所で、その人ではないものの存在を耳で感じた。本来ならば人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」

そう言うと、離塵さんはゆっくりと立ち上がった。

「覚くん、今は見えていますか?」

「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音が凄くて」

「ここには入れないということです。幾重にも結界を張っておきました。その結界を必死に破ろうとしているのですね。しかし、皆さんがいつまでもここに留まることは出来ないのです。

今からここを出て、隠堂(オンドウ)へ行きます。覚くん、ここから出ればまたあのものたちが現れます。また苦しい思いをすると思います。

でも必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てください」

覚はカクカクと首を縦に振っていた。

そうして、離塵さんに連れられて俺達はその家を出てすぐ隣の鳥居をくぐり、石段を登った。民宿の旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、離塵さんに頭を下げて行ってしまった。

知っている人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。特に覚は、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。だから俺達はできる限り、覚を真ん中にして二人で守るように歩いた。

石段を登り終わる頃、大きな寺が見えてきた。だが離塵さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。

鳥居をくぐる前に離塵さんが覚に聞いた。

「覚くん、今はどんな感じですか」

「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」

「そうですか。もう立ちましたか。よっぽど覚くんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。ではもう時間がない。急がなくてはなりません」

そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、離塵さんはその小屋の裏へ回り、俺達も後に続いた。

離塵さんは、この小屋に一晩篭もり、憑きモノを祓うのだと言った。そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないこと俺達に言い聞かせた。

「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」

どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、布の袋を渡された。

その後、俺達に、竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。そして小さな小屋の中に入るように言った。

俺達は順番に入ろうとしたんだが、覚が入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。離塵さんが慌てた様子で聞いてきた。

「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」

「昨日です」と俺が答える。

「おかしい。一時的ではあるが身を清めたはずなのに、隠堂に入れないとは」

言ってる意味がよく分からなかった。すると離塵さんは覚のヒップバッグに目をつけ、

「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」

俺は特に思い浮かばず、だが樹が言ったんだ。

「今日、給料もらいましたけど」

当たり前すぎて忘れてた。そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。

俺「あ、あと巾着袋も」

樹「おにぎりも。もらい物に入るなら」

給料を貰った時に女将さんにもらった小さな袋を思い出した。そして美咲ちゃんには朝、おにぎりを作って貰ったんだった。

離塵さんはそれを聞くと、覚に話しかけた。

「覚くん、それのどれか一つを今、持っていますか?」

「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は、今持ってます」

覚はそう言ってバッグからその二つを取り出した。離塵さんは、まず巾着袋を開けた。そして一言「これは…」と俺達に見えるように袋の口を広げた。

中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。

そこには、大量の爪の欠片が詰まっていた。俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。

覚は、また吐いた。俺も吐いた。周辺が汚物の臭いで一杯になったが、離塵さんは眉ひとつ動かさない。

離塵さんは、覚の持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。

俺は、携帯と財布を離塵さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。離塵さんは頷き、再度覚に竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。

そして俺達3人が隠堂の中に入ると、

離塵「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。

この隠堂の中でも言葉を発してはなりません。居場所を教えてはなりません。これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」

そう言って俺達の顔を見渡した。俺達は頷くしかなかった。この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。

離塵さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。隠堂の中はひんやりしていた。実際ここで飲まず食わずでやっていけるのかと不安だったが、これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。

建物自体はかなり古く、壁には所々に隙間があった。といってもけっこう小さいものだけど。まだ昼時ということもあり、外の光がその隙間から入り、樹と覚の顔もしっかり確認できた。

顔を見合わせても何も喋ることができないという状況は、生まれて初めてだった。

「大丈夫だ」という意味を込めて俺が頷くと、樹も覚も頷き返してくれた。

暫くすると、顔を見合わせる回数も少なくなり、終いにはお互い別々の方向を向いていた。

喋りたくても喋れないもどかしさの中、あとどれくらいの時間が残っているのか見当も付かない俺達は、ただただ呆然とその場にいることしかできなかったんだ。

途方もない時間が過ぎていると感じているのに、まだ外は明るかった。

すると樹がゴソゴソと音を立て出した。何をしているのかと思い、あまり大きな音を出す前に止めさせようと思って樹の方に向き直ると、樹は手に持った紙とペンを俺達に見せた。

こいつは、離塵さんの言うことを聞かずに密かにペンを隠し持っていたのだ。そして紙は、板ガムの包み紙だった。まあメモ用紙なんて持っているはずない俺達なので、きっとそれしか思い浮かばなかったんだろう。

『こいつ何やってんだよ』

一瞬そう思った俺だが、意思の疎通ができないこの状況で極限に心細くなっていた所為もあり、樹の取った行動に何も言う事が出来なかった。

寧ろひとつの光というか、上手く説明できないんだが、とにかく凄く安心したのを覚えてる。

樹はまず自分で紙に文字を書き、俺に渡してきた。

『みんな大丈夫か?』

俺は樹からペンを受け取り、なるべく小さく、スペースを空けるようにして書き込んだ。

『俺は今のところ大丈夫、覚は?』

そして覚に紙とペンを一緒に手渡した。

『俺も今は平気。何も見えないし聞こえない』

そして樹に紙とペンが戻った。こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。

樹『ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。小さく文字書こう』

俺『OK。夜になったらできなくなるから今のうちに喋る』

覚『わかった』

樹『今何時くらい?』

俺『わからん』

覚『5時くらい?』

樹『ここ来たの1時くらいだった』

俺『なら4時くらいか』

覚『まだ3時間か』

樹『長いな』

こんな感じで他愛もない話をして1枚目が終わった。すると樹が書いてきた。

樹『修、文字でかい』

俺は謝る仕草を見せた。すると樹は俺にペンを渡してきたので、

俺『腹減った』

と書き込み覚に渡した。

そして覚が何も書かずに樹に紙を渡した。

すると樹は

樹『俺も』

と書いて俺に渡してきた。

あれだけ心細かったのに、いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。俺は、日が沈む前に言っておかなければならないことを書いた。

俺『何があっても、最後までがんばろうな』

覚『うん』

樹『俺、叫んだらどうしよう』

俺『なにか口に突っ込んどけ』

覚『突っ込むものなんてないよ』

樹『服脱いでおくか』

俺『てか、何も起きない、そう信じよう』

覚は俺の書いた言葉にはノーコメントだった。俺も書いたあと、自分で何を言ってるんだろうと思った。

離塵さんは、何も起きないとは一言も言っていなかった。寧ろ、これから何が起こるのかを予想しているような口ぶりで俺達にいくつも忠告をしたんだ。

そう考えると俺達は、一刻も早く時間が過ぎてくれることを願っている一方で、本当は夜を迎えるのが凄く怖かったんだ。

夜だけじゃない、その瞬間でさえ、本当は怖くてしょうがなかった。唯一の救いが、互いの存在を目視できるということだっただけで。

俺の一言で空気が一気に重くなってしまった。俺はこの空気をどうにかしようと、覚の持っていた紙とペンをもらい、

俺『何か喋れ時間もったいない』

と書いて樹に渡した。他人任せもいいとこ。樹は一瞬困惑したが、少し考えて書き出し、俺に渡してきた。

樹『じゃあ、帰ったら何するか』

俺『いいね。俺はまずツタヤだな』

覚『なんでツタヤ』

俺『DVD返すの忘れてた』

樹『うそ!どんだけ延泊?』

まあ、嘘だった。どうにかして気を紛らわせたかったからなんでもいいやって適当に書いた。結果、雰囲気はほんの少しだが和み、樹も覚もそれぞれ帰ったら何をするかを書いた。

少しずつだが、ゆっくりと俺達は静かな時間を過ごした。そして残りの紙も少なくなった頃、覚はある言葉を紙に書いた。

『俺は離塵さんに言われたことを必ず守る。死にたくない』

俺も樹も、最後の言葉を見つめてた。俺は「死にたくない」なんて言葉、生まれてこの方本気で言ったことなんかない。きっと樹もそうだろう。

死ぬなんて考えていなかったからだ。

死を間近に感じたことがないからだ。

それを、今目の前で心の底から言う覚がいる。その事実が凄く衝撃的だった。

俺は覚の目をしっかりと見つめ、頷いた。

その後は特に何も話さなかったが、不思議と孤独感はなかった。

お互いの存在を感じながら、日が暮れるのを感じていた。

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