5chスレまとめ

【洒落怖】リゾートバイト⑥【長編】

 

「これ以降手記にも、非常に稀ですが同じような事象の記述が見られます。

だがその全てに、母親達がいつどのようにしてこの儀を知るのかが明記されていないのです。

それは全ての母親が、命を落とす若しくは、話すこともままならない状態になってしまったことを意味しているのです」

離塵さんは早期に発見できないことを悔やんでいると言った。

「今回の現象は初めてのことで、私自身もとても戸惑っているのです。

何故母親ではないあなたがそのモノを見つけてしまったのか。

子の成長は母親にしか分からず、共に生活する者にもそれを確認することはできないはずなのです」

『そんなデタラメな話ありなのか?』と思った。

そして覚が、話の核心を知ろうと、恐る恐る質問した。

「あの、母親って…もしかして女将さん…真由子さんなんですか?」

離塵さんは少し黙り、答えた。

「その通りです。真由子さんは、この村出身の者ではありません。○○さん『旦那さんの名前』に嫁ぎこの村にやってきました。息子を一人儲け、非常に仲の良い家族でした」

そう言って話してくれた離塵さんの話の内容は、大方予想が付いていたものだった。

真由子さんの一人息子は、数年前のある日海で行方不明になったそうだ。大規模な捜索もされたが、結局行方は分からなかったらしい。

悲しみに暮れた真由子さんは、周囲から慰めを受け、少しずつだが元気を取り戻していったそうだ。

旅館もそれなりに繁盛し、周囲も事件のことを忘れかけた頃、急に旅館が2階部分を閉鎖することになったんだって。

周りは不振に思ったが、そこまで首を突っ込むことでもないと、深く気にかけることはなかったそうだ。

そしてこの結果だ。

どこから情報を得たのか不明だが、真由子さんはあの2階へ続く階段に堂を作り上げそこで儀式を行っていた。

そしてその産物が俺達に憑いてきたという訳だが、ここがこれまでの事例と違うのだと離塵さんは言った。本来、儀式を行った真由子さんに憑くはずの子が、第三者の俺達に憑いたんだ。

考えられる違いは、真由子さんは息子に臍の緒を持たせていなかったということ。

そこの村の人達は、昔からの風習で未だに続けている人もいるらしいが、真由子さんはその風習すら知らなかった。これは旦那さんが証言していたらしい。

そしてそれほど手がかかるわけでもないのに、バイトを3人も雇った。

旦那さんも初めは反対したそうだが、真由子さんに「息子が恋しい。同年代くらいの子達がいれば息子が帰ってきたように思える」と泣きつかれ、渋々承知したそうなんだ。

これは離塵さんの憶測なんだが、真由子さんは初めから、帰ってきた息子が俺達を親として憑いていくことを知っていたんではないかということだった。

結局これらのことを俺達に話したあと離塵さんはこう言った。

「あなた達をあの隠堂に残したこと、本当に申し訳なく思います。しかし、私は真由子さんとあなた達の両方を救わなければならなかった。

あなた達がここにいる間、私達は真由子さんを本堂で縛り、先代が行ったように経を読み上げました。あのモノが隠堂へ行くのか、本堂へ来るのか分からなかったのです」

つまり、俺達に憑いてきてはいるが、これまでの事例からいくと母親の真由子さんにも危険が及ぶと、離塵さんはそう読んでいたってことだ。

俺は、別に離塵さんが謝ることじゃないと思った。それにこの人は命の恩人だろうと思って覚を見ると、肩を震わせながら離塵さんを睨み付けて言ったんだ。

覚「納得いかない。自分の息子が帰ってくりゃ人の命なんてどーでもいいのか?」

離塵「…」

覚「全部吐かせろよ!なんでこんな目に遭わせたのか、それができないなら俺が直接会って聞いてやる!旦那だって知ってたんだろ? それなのに何で言わなかったんだ?」

離塵「○○さんは知らなかったのです」

覚「嘘つくな。知ってるようなこと言ってたんだ」

離塵「この話は、この土地には深く根付いています。○○さんが知っていたのは伝承としてでしょう」

離塵さんが嘘を吐いているようには見えなかった。だが覚の興奮は収まりきらなかったんだ。

「ふざけるな!早く会わせろ。あいつらに会わせろよ!」

俺達は覚を取り押さえるのに必死だった。離塵さんは微動だにせず、覚の怒鳴り声を静かに受け止めていた。

「この話をすると決めた時点で、あなた達には全てをお見せしようと思っておりました。真由子さんのいる場所へ案内します」

と言って立ち上がったんだ。

離塵さんの後をついて、しばらく境内を歩いた。

本堂の中にいるかと思っていたんだが、渡り廊下みたいなのを渡って離れのような場所に通された。

近付くにつれて、なにやら呻き声と何人かの経を唱える声が聞こえてきた。そして、その声と一緒に、

「バタンッバタン」

という音が聞こえた。かなり大きな音だ。

離れの扉の前に立つと、その音はもうすぐそこで鳴っていて、中で何が起きているのかと俺は内心びくびくしていた。

そして離塵さんが離れの扉を開けると、そこには真由子さん一人とそれを取り囲む坊さん達が居た。

俺達は全員、言葉を発することができなかった。

真由子さんは、そこに居たというか…跳ねてた。エビみたいに。うまく説明できないけど、寝た状態で、畳の上で、はんぺんみたいに体をしならせてビタンビタンと跳ねていたんだ。

人間のあんな動きを俺は初めてみた。俺は怖くて真由子さんの顔が見れなかった。正直、前の晩とは違う、でもそれと同等の恐怖を感じた。

呆然とする俺達に離塵さんは言った。

「この状態が、今朝から収まらないのです」

すると樹が耐え切れなくなり、

「俺、ここにいるのキツイです」

と言ったので、一旦外に出ることになった。

音を聞くことさえ辛かった。つい昨日の朝に見た真由子さんの姿とは、まるで別人の様になっていた。

そこから少し離れたところで俺達は離塵さんに尋ねた。憑き物の祓いは成功したのではないかと。

「確かに、あなた達を親と思い憑いてきたものは祓うことができたのだと思います。現にあなた達がいて、ここに臍の緒がある。しかし…」

すると急に覚が言ったんだ。

「そうか…俺が見たのは、1つじゃなかったんだ」

初めは何のことを言ってるのかわからなかったんだが、そのうちに俺もピンときた。覚はあの時、2階の階段で複数の影を見たと言っていなかったか?

「1つではないのですか?」

離塵さんは驚いたように聞き返し、覚がそうだと答えるのを見ると、また少し黙った。そして暫く考え込んでいたかと思うと急に何かを思い出したような顔をして俺達に言ったんだ。

「あなた達は鳥居の家に行ってください。そしてあの部屋を一歩も出ないでください。後から守りを行かせます」

ポカンとする俺達を置いて、離塵さんはそのまま女将さんのいる離れの方に走って行った。

俺達は急に置いてけぼりを食らい、暫く無言で突っ立っていた。

すると離れの方から、複数の坊さんが大きな布に包まった物体を運び出しているのが見えた。その布の中身がうねうねと動いて、時折痙攣しているように見えた。

あの中にいるのは女将さんだと全員が思った。そのまま隠堂の方に運ばれていく様を、俺達は呆然と見ていたんだ。

ふとお互い顔を見合わせると、途端に怖くなり、俺達は早足で家に向かった。

そこからは、説明することが何も無いほど普通だった。家に行って暫くすると、別の坊さんがやって来て「ここで一晩過ごすように」と言われた。

そしてその坊さんは俺達の部屋に残り、微妙な雰囲気の中4人で朝を迎えたというわけ。

次の朝、早めに目が覚めた俺達がのん気にTVを見ていると、離塵さんがやって来た。

俺達は離塵さんの前に並んで話を聞いた。

離塵さんは俺達の憑き祓いは完全に終わったと言った。昨日言っていた通り、俺達に憑いてきたモノは一匹で、それは退化を遂げて消滅したのを確認したんだと。

俺達はそれを聞いて安堵した。

しかし離塵さんはこう続けた。

女将さんを救うことができなかったと。

泣きそうなのか怒っているのか、なんとも言えない表情を浮かべてそう言った。

死んだのかと聞くと、そうではないと言うんだ。俺はその言葉から、女将さんが跳ね回っている姿を思い出した。

恐る恐るそれを聞くと、離塵さんは苦い顔をしただけで、肯定も否定もしなかった。

女将さんの今の状態は、憑きものを祓うとかそういう次元の話ではなく、何かもっと別のものに起因してるんだって。

詳しくは話してくれなかったんだが、女将さんが行った儀式は、この地に伝わる「子を呼び戻す儀」と似て非なるものらしい。

どこかでこの儀の存在と方法を知った女将さんは、息子を失った悲しみからこれを実行しようと試みる。だが肝心の臍の緒は自分の手元にあったわけだ。

ここからは離塵さんの憶測なんだが、女将さんはこれを試行錯誤しながら完成系に繋げたんじゃないかということだった。

自分の信念の元に。そしてそこから得た結果は、本来のものとは別のものだった。堂には複数のモノがおり、そこに息子さんがいたかは分からないと。

離塵さんが言っていた。

この儀の結末は、非常に残酷なものでしかないんだと。それを重々承知の上で、母親達は時にその禁断の領域に足を踏み入れてしまう。

子を失う悲しみがどれ程のものなのか、我々には推し量ることしかできないが、心に穴の開いた母親がそこを拠り所としてしまうのは、いつの時代にもあり得ることなのではないかと。

覚は、女将さんのこれからを執拗に聞いていたが、離塵さんは何も分からないの一点張りで、俺達は完全に煙に巻かれた状態だった。

俺達が離塵さんと話終えると、部屋に旦那さんが入ってきた。俺は正直ぎょっとした。

顔が土色になって、明らかにやつれ切った顔をしてたんだ。そして、俺達の前に来ると泣きながら謝って来た。

泣きすぎて何を言ってるのかは全部聞き取れなかったんだけど、俺達は旦那さんのその姿を見て誰も何も言えなかった。

俺達に申し訳ないことをしたと泣いているのか、それとも女将さんの招いた結果を思って泣いているのか、どっちだったんだろうな。

今となってはわかんねーな。

その後、俺達は何度も離塵さんに確認した。これ以降俺達の身には何も起きないのか?と。

すると離塵さんは困ったような顔をしながら「大丈夫」だと言った。

その後、離塵さんの所にタクシーを呼んでもらって俺達は帰ることになった。

一応、昨日の朝俺を家まで運んでくれたおっさんが駅まで同乗してくれることになったんだが…。

このおっさんがやたら喋る人で、それまでの出来事で気が沈んでる俺達の空気を一切読まずに一人で喋くりまくるんだ。そんでこのおっさんは、

「それにしても、子が親を食うなんて、蜘蛛みたいな話だよなぁ」

と言ったんだ。

俺達は胸糞悪くなって黙ってたんだけど、おっさんは一人で続けた。

「お前達、ここで聞いた儀法は試すんじゃねーぞ。自己責任だぞ」

そう言って笑うんだ。

俺達の気持ちを和らげようとして言ってるのか本気でアホなのかわかんなかったけど、一つ確かなことがあった。

俺達は、離塵さんに真実を隠されて教えられたんだ。

儀の方法は、その結果と一緒にこの地に伝わっているんだ。このおっさんが知っていて離塵さんが知らないはずがないだろう。

これだけの体験をさせておいて、結局は大事なところを隠して話されたことに凄くショックを受けた。

離塵さんを信用していた分、なんか怒りにも似たものが湧き上がってきたんだ。

タクシーが駅に着くと、おっさんが金を払うと言ったが俺達は断った。

早くこの場所から逃げ出したい、その一心だった。

離塵さんが「大丈夫」と言った一言も、全部、嘘に思えてきた。

それでも俺達には、あの寺に戻る勇気はなくて、帰りの電車をただただ無言で待つことしかできなかったんだ。

その後、帰って来てからは、なんともない。まあ、なんともないからここに書き込めてるわけだけど。

「もう二度とあの場所へは行かない」

3人で話していてもあの出来事の話をすることはない。でも3人ともその思いは確かなはずだ。

あと、覚はあれから蜘蛛を見るのがどうもダメらしい。成長過程のアイツの姿を見てるからね。

俺はというと、今は普通に社会人やってます。若干、暗闇が苦手になったくらい。人間のど元過ぎれば熱さ忘れるってあながち嘘じゃないかもしれないな。

本当の本当に後日談なんだが、その話を他の友達に話したんだ。その友人も俺達3人の様子を見て、一応信じてはくれたんだけど。

でも、そいつら話を聞いた後、興味半分で旅館に電話を掛けてみたんだって。そしたら、電話に出たのは普通のおばさんだったらしい。そいつら俺達に言うんだよ。

電話口の向こうで異様な数のカラスがアーアー鳴いていたと…。

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