死ぬ程洒落にならない話を集めてみない? Part16
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【向こう岸に立つ女】
去年の夏、千葉県の銚子に転勤した友人Yを訪ねて行った時の事です。
Yのアパートは利根川沿いの比較的静かな場所にありました。
部屋の窓からは河口付近の広々とした河の風景を見ることができ、昔から大きい河の近くに
住んでみたいと思っていた私にとって、なんとも羨ましい限りの環境でした。
夕刻になり、思い出話や雑談も尽き、私はぼんやりと窓の外を眺めた。
そういえば向こう岸は茨城県なんだなあ、と思いながら見ていると、あちら側の川岸に誰かが
立っているのに気がつきました。
よく見えないのですが、かろうじて女の人であることだけは分かります。
私が窓際を離れるまでの一時間くらいの間、彼女はずっと同じ場所に立っていました。
その時は、さほど気にならなかったのですが・・・・
私は東京での私用の為、Yの家に4、5日泊めてもらう事にしました。
翌朝、少し遅い時間に起きた私は換気も兼ねて窓を全開にし、河の景色を眺めました。
するとまた、あの女の人が川岸に立っているのです。
次の日も、そのまた次の日も彼女はそこに居ました。
よほど河を眺めるのが好きらしい。
私もその気持ちが分かるので、なんとなく彼女のことが気になりはじめたのです。
いったいどんな人なんだろうかと興味が湧いてきました。
私は、どうにかして彼女を近くで見れないものかと思案しました。
しかし向こう岸へ渡るには、近くに歩いて渡れるような橋もありません。
あるのは銚子大橋という、車でしか渡ることの出来ない橋のみです。
わざわざ遠回りして見に行くのは流石に気が引けたので、仕方なくそれは諦めることにしました。
その日、仕事から帰ったYとビールを飲みながら、それとなく彼女の事を話してみると
「へえ、俺ぜんぜんそんなの気づかなかったよ。で、かわいいコなのか?」
Yも興味深々な様子です。
「さあね。遠すぎるから、そんなのわかんないよ。もしかして今もいるかもしれないし見てみたら?」
言って私はYと一緒に窓際へ移動し、向こう岸を眺めました。
すると案の定、彼女はいつもの場所に立っていたのです。
「なるほどなあ、確かによく見えないよな。」
そう言うとYは押入れから双眼鏡を持ち出して来ました。
釣り好きの彼は、いつもこれで河の様子を部屋から確認しているみたいでした。
「どれ、貸してみて。」
私はYから半ば無理矢理に双眼鏡を借り、対岸を見てみました。
それでもまだ遠いせいか、はっきりとは見えないのですが、彼女は茶色のワンピースを着た
若い女性であることが確認できたのです。
次にYが双眼鏡を覗きました。
ここでいつもなら辛辣なコメントのひとつでも吐きそうな彼が、珍しく黙っています。
私はYの様子が少しおかしいのに気付きました。
妙なことに彼は、その場に固まってしまったかのように身動きひとつしないのです。
心配になり、私が声をかけようとしたその時、Yがポツリとつぶやきました。
「なあ、あれ、あの人、こっちに向かって歩いてきてる。」
私は最初、彼の言っている意味がよく把握できずにいました。
そしてYの隣に移動し、向こう岸を凝視すると・・・・
確かに歩いているのです。
水面の上を。
私は瞬時に彼女が異形の者であることを悟りました。
「やべえ、こっち見てるよ。ここに来る気だよ。」
「貸せ!」
私はYから双眼鏡をひったくって覗くと、彼女はもう河の中央ほどまで移動して来ていました。
今までよく見えなかった部分も、今なら鮮明にわかります。
その顔は水でふやけた水死体のように真っ白で、ぱんぱんに膨れ上がっていました。
私達はパニックにおちいり、一目散に部屋から逃げ出しました。
彼女に憑き殺されそうな気がしたからです。
結局その日は部屋に戻れず、隣町のビジネスホテルに一泊しました。
その後Yはアパートを引き払い、別の町へ引っ越してしまったようです。
私が気にするあまり、対岸にいた彼女を呼び寄せてしまったのでしょうか。