洒落にならないくらい恐い話を集めてみない?Part34
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私は蜘蛛が大嫌いです。それこそ洒落にならない程の恐怖
を感じます。何故でしょうか。
これは、小学校に上がる前の話です。
兵庫県のSというところにあるマンションに住んで
いました。
マンションは敷地内に3棟あったと思います。私のうちは
そのうちの1棟の8階の一番奥にある部屋です。
8階には私と同い年の男の子が私を含め3人いて、皆仲が
良く、いつもマンション内の公園や敷地内の色々な場所で
遊んでいました。場所によってはガガンボや蜘蛛が沢山いて、
気味が悪い。マンションの背後には大きな山が聳えている
せいか、虫がやたらと多いマンションでした。
さて、仲良し3人組みとは別に、たまに一緒に遊ぶT君と
いう男の子がいました。T君はマンションの1階に住んで
いて、少し内気な感じの子です。外に出て遊び回るより、
家の中でおもちゃで遊ぶのが好きだったようで、外遊びが
好きな私達とは1ヶ月に数度遊ぶ程度の仲だったと思い
ます。
ある時、私一人でT君のうちに遊びに行きました。
マンションの一階は少し薄暗いのです。さらにその日は
曇りだったので廊下が夜のように暗く、T君のうちに入る
までかなり心細かったのを憶えています。
T君のうちに着くと、T君とT君のお母さんが出迎えてくれ、
ホッとしました。
T君は救急車やパトカーのミニカーを取り出してきたので
子供なりにストーリーを仕立てて2人で遊んでいました。
しばらく遊んでいて、ふと視線を上げると、T君の部屋の
箪笥の上に見慣れないおもちゃが置いてあることに気が
付きました。下から見上げる限りでは、レールが立体的に
交差した造形しか判別出来ませんが、いかにも面白そう
なおもちゃです。
「あのおもちゃで遊ぼうよ」と、T君に頼みました。
するとT君は素っ気無く、
「壊れてるから遊べないよ、○○君が壊したんじゃないか」
と言います(○○君とは私のこと)。
吃驚して、「嘘だあ。あんなおもちゃ見たことないよ」
と言い返すと、「この前遊びに来た時壊したじゃないか」
と言い張るのです。全く記憶にない事です。
ちょうどその時T君のお母さんが部屋に入ってきて、箪笥
に洗濯した服を仕舞い始めました。
「T君が、僕があのおもちゃを壊したっていうんだよ」
と、T君のお母さんに訴えました。
「だって○○君、この前遊びに来た時壊したでしょう」
と、T君のお母さん。
当時4歳か5歳だったと思いますが、私は3歳位からの記憶
がわりとハッキリと残っています。既に物心ついていま
したので、友達のおもちゃを壊したかどうかくらいは
判断出来ます。断じてそんな記憶はありませんし、そも
そもそのおもちゃを見るのは初めてなわけです。
「どうしてそんな事言うの?ぼくは壊してないよ!」
「この前遊んでて壊したじゃないか」
「そうよねえ、○○君が壊したから遊べなくなったの
よね」
その時は勿論この言葉を知りませんでしたが、そう、
生まれて初めて「不条理」を感じた瞬間だったと思い
ます。
しばらく必死に記憶を辿って、以前にT君のうちに
遊びに来た時の事を思い出そうとしてみましたが、
やはり何も憶えていませんでした。その場にいたたまれ
なくなり、自分のうちに帰りました。
私にとってはかなりショックな出来事で、帰宅しても
親に話せません。その後間もなく、私達一家は東京へと
引越ししてしまったので、T君のおもちゃのことは
不可解なままになってしまいました。
その後、私は叔母から誕生日の贈り物に幼年向けの
「ファーブル昆虫記」をもらい、大変に気に入って
何度も何度も読み返していたので、虫がとても好きに
なりました。
引っ越した先は東京にしては自然が多い地区でした
ので、外に出ては色んな虫を捕まえて遊んでいました。
ただ、どうしても蜘蛛だけは好きになれません。
好きになれないどころではない、蜘蛛の事を考えるだけ
で身の毛がよだつ思いがします。ファーブル昆虫記に
も蜘蛛の話は載っていて、お話としては非常に面白い
のですが。
小学校、中学校、高校と、いつまでたっても私の蜘蛛
嫌いは直りませんでした。
ある日、幼い頃育ったマンションでの日々について、
母親と思い出話を語ることがありました。
色々懐かしく思い出しながら話しているうちに、
「お前は今でも蜘蛛が大嫌いだけど、子供の頃は
本当に酷かった。夜中にいきなり『蜘蛛は嫌だーっ!』
って叫び始めるんだよ。」
先に書いた通り、私は自分ではわりと小さい頃の記憶
がある方だと思っている。でも、夜中に泣き出したと
いう記憶は全然ないわけです。母親が語るには、私の
泣き叫ぶ様があまりにも真に迫っていて、まるでそこに
本当に蜘蛛がいるかのように怯えていたそうです。
寝ぼけたという様な生易しいものではなく、錯乱状態と
いってもよいぐらいで、気でも違った様に見えた。
そんなことが何度も続くので、病院に連れて行った方が
良いのでは、と悩んだほどだそうなのです。
そこで少し、自分の記憶があやふやになってきました。
いくらなんでも、そんなことがあったら憶えているん
じゃないか? でも全く憶えていない。
ハッとしました。こういうことは前にもあったなあ。
そうだ、T君のおもちゃのことだ。
そこで何か思い出しそうになり、T君の薄暗い部屋の
イメージが頭の中にフラッシュバックしてきました。
でも、はっきりと思い出す前に記憶の糸がフッと
途切れてしまい、それ以上は思い出せません。
その時母親が、「あのマンションは裏手が山だった
から、大きな蜘蛛がたまに出たんだよねえ。大人の
手くらいあるやつ。あんな大きな蜘蛛、子供が見たら
すごい大きさに見えるだろうねえ」と言いました。
その瞬間、私の頭の中に幾つかのイメージが同時に
駆け巡り、気が付くと私は頭を抱えてウゥと唸って
いました。すんでのところで叫び声を抑えていまし
た。
T君の部屋で走り回っている時に転んで、あのレール
のおもちゃの上に倒れこむ瞬間
床を叩きながら泣いて私を非難するT君
T君に、どうすれば○○君を許す?と聞くT君のおかあさん
T君のおかあさんが、彼女の手より大きな蜘蛛をつかんで
僕の口に
感触が!
私の母親は驚いたことでしょう。私は逃げるように自分の
部屋まで走り、そのまま布団をかぶって頭の中に蘇って
くるイメージを消そうと、もがきました。その日は朝まで
眠れずに記憶と葛藤し、その後数週間は日常生活の合間
に蘇ってくる記憶に苛まれ続けました。
なにしろ人と会っていても、いきなり頭を抱えてうめき
始めるわけです。頭がおかしくなったと思った人もいた
でしょう。
「蜘蛛を食べれば、許す」
「じゃあ、蜘蛛とってくるね」
冗談かと思いきや、数分も経たぬうち戻ってくるT君の
おかあさん
「廊下に巣を張ってる蜘蛛を取ろうと思ってたんだけど、
すごい大きな蜘蛛がいたからそっちの方を取って来た」
「うわっ、でっかー!」
「ほーら○○君、食べなさい」
今では分かる。T君の母親は、本気で蜘蛛を食べさせようと
したわけじゃない。でも、彼女の目は、加虐の喜びに満ちて
いた。彼女はひとしきり大きな蜘蛛を私の口のまわりになすり
つけると、ひょいと窓から蜘蛛を捨て、「おかあさんにいっちゃ
だめよ!」と恐ろしい顔をして言った。そしてT君にも、
「これで○○君を許して上げなさい!」と叱りつけた。
これが私の、蜘蛛を嫌いになった理由です。