暇があれば聞いてください。
当時、私は美術部に入っていたのですが、私の町の高校は美術部にしては珍しく合宿がありました。
合宿先は毎年県内の離島で行われていて、早朝の6時から夕方の5時あたりまで
休憩をはさみながら風景画を描いていました。そして夕食後に反省会をして10時頃に就寝。
それは高校2年の事でした。
その後15分?くらい定期船に乗って島に行きました。
合宿先の島は毎年同じ場所だったそうなのですが、今回いく島は毎年お世話になっていた旅館が休業したことも
あったので(他にも事情があった気がしますがあまり覚えていない)T島(仮名)へと合宿先を変更したのです。
T島は今までに行ったことがない場所でしたので、いろいろと不安な部分がありましたが
そこの旅館は意外ときれいで、昼食がおいしかったので自然と不安もなくなりました。
海を描きたいと思っていたので海岸へ向かいながら、途中途中で目に付いた
イイ感じのものをデッサンしていたのですが想像以上に当日の日差しがきつく、
へとへとになってしまったので少し休憩しようと思ったのです。
喉が渇いていたので、道の端にあった自販機で飲み物を買おうとしました。
お爺さんは私の存在に気づいたらしく、私のもとへ近づいてきて「こんにちは。」と挨拶をしてくれたのです。
私も挨拶をした後、「何処から来たの?」と色々訊ねられたので合宿の事や地元の事を
話しました。お爺さんは笑いながら聞いてくれていたのですが、失礼ながら私は不快に感じていました。
強い日差しで疲れていたのもあるのですが、本当の理由はお爺さんの姿にあります。
もう何日もお風呂に入っていないのだろうと思ってしまうくらいに服がよれよれで犬みたいな匂いが
していました。
私はとにかく早くこの汚い人から離れたくて適当に相槌を打ちながら、自販機で飲み物を買って
「もうすぐ夕食が始まるので...」などと言って、そそくさと彼から離れることにしました。
私は日差しにあたりすぎて熱中症になってしまったのかと少し焦りました。
普通は旅館に帰るか、日陰のある場所へ行き休憩するべきなのでしょうが
まだデッサンしかしていないことと、またここから旅館までの距離が長い事、
このままでは作品を反省会に持っていけず顧問の先生から
叱られることも考えると安易に休むことができなかったのです。
反省会で言い訳をすれば怒られずに済むだろうと考えた私は、適当に小さな森?林?を見つけて
そこで地塗りを始めました。
地塗りの半分あたり?まですると木にもたれてしまいました。
頭痛がひどく、このまま死ぬんじゃないかと思い、持っていた携帯で部員と連絡を
取ろうとしたとき、林の入り口から再び汚いお爺さんがやって来たのです。
お爺さんが心配そうな顔で私を見つめていました。
心配してくれるのはうれしいのですが、お爺さんの臭いが
頭にきつくぶつかります。
少しの間お爺さんはこっちを見つめていましたが、急に笑い出すと
こんなことを言い出しました。
「昼飯はうまかったか」と。
こっちは頭が痛いのにそんなのんきな話ができるはずないだろうと
イライラしましたが、「はい」と答えました。多分。
するとお爺さんは泣き始めました。
鼻水の音が大きくなり、しまいには号泣していました。
泣きながら何かを話していたのですが、うまく聞き取れません。
具合の悪い私をよそにお爺さんの声はドンドンと大きくなり、
何と言っているのかわかってきました。
「おなかすいた」 と言っていたんだと思います。
お爺さんの泣き声もあって、まるで食べ物をねだる子供のように見えて
とても気持ち悪く感じました。
このままここにいるといけないと直感で感じた私は何も持たずに急いで
旅館に帰ろうしました。
そのときです。
あああという叫び声をあげた後
「にげるなぁ!せきにんとれ!」
と彼が言ったのです。
突然の事だったので、体が凍り付いたかのように動かなくなりました。
そして、その老人の顔はさっきまで泣いていたはずなのに恐ろしいほど真顔なのです。
私は何も言うことができず、そのまま立ち止まっていました。
普通の人では有り得ないくらい裂けた口の中に
多くの歯がぎっしり詰まっていました。
林の入り口に向かって走りました。
後ろから彼の声であろう叫び声が聞こえました。
後ろを確認すると彼は居ませんでしたが、あの老人の声は聞こえます。
私は必死で走ります。
無我夢中で走ります。
すると何かにつまずいたのか私は体のバランスを崩し思いっきり地面へ
倒れました。
派手に倒れたので、体中が痛かったのですがそんなことお構いなしに
走りました。
そんな調子でやっと旅館にたどり着くことができ、エントランスで倒れ込んでしまうと
私を見た従業員さんが「どうしたんですか?」と訊ねてきました。
倒れたときにできた傷を見て不思議に思ったのでしょうか。
かなり慌てた感じで聞いてきました。
私はさっき起こった異常な出来事を話したのですが、話す内容が荒唐無稽なので
当然信じてもらうことができませんでした。
ですが、不審者に襲われたという事は信じて貰えたようで
従業員さんは顧問の先生を呼んで色々と話し合っていました。
ちなみに頭痛はこの辺りにはすっかり消えていました。
その後夕食を食べることになっていたのですが、その前に先生が私を含む部員を先生が泊まっている部屋
に呼んで私が不審者に襲われたことと、これからは団体で固まって作品を描くことを伝えました。
その時にキャンバスと絵の具セットを置いてきたことを先生に言うと、明日先生と一緒にあの林へ
行ってそれらを取りに行くことになりました。
急に尿意を催したのでトイレへ向かいました。この旅館は寝泊まりする部屋にトイレはなく、
男女で別れたトイレ室がいくつかあるのです。
私は自分の部屋の近くにあるトイレへ入り、尿を足していました。
トイレ室には小さな窓が付いていて、私がトイレをしていた時少し窓が開いていたのです。
隙間風が気になったのでトイレを済ました後、窓を閉めしました。
気のせいだとおもいましたが、その後もコンコンと窓の外から音がしました。
私は音の正体を確かめようと窓を開けました。
窓の外を見渡したのですが、暗闇と蝉の声しか聞こえません。
先程の件もあったのでまさかお爺さんがここについてきているのではないかと怖くなり、
トイレ室から急いで出ようとするとおーいと声が聞こえてきたのです。
その声はお爺さんのモノでした。
ここまで付いてきたんだと、パニックになった私は全速力で自分の部屋へ戻りました。
私は怖さを紛らわせるために電気とテレビをつけて、布団に入りました。
しばらくすると眠たくなってきて、うとうととしながら布の中にくるまっていると
ドアをノックする音が聞こえました。
一瞬あのお爺さんかと驚きましたが、時計を見ると就寝時間だったので従業員さんか
顧問の先生かが注意しているのかなと勝手に納得して
「すみません。」と言って電気とテレビを消しました。
ドアの向こうにいるのは先生でも従業員さんでもなく、あの汚いお爺さんだと
思いました。本当に怖くて、私は狂ったかのようにギャーギャー叫びました。
ドアノブは相変わらずガチャガチャと音を立て、かすかながらうーうーと唸り声が
聞こえてきました。そしてあの嫌な声がこう言ったのです。
にげようとしてもむだだ おまえはせきにんをとれ」
私の恐怖が最高に達した所でドアが勢いよく開き、先生が入って来たのです。
私はてっきりドアの外にはお爺さんがいると思い込んでいたので
先生がそこにいるという事実に安堵しました。
先生は「どうしたんだ!」と怒りながら私を問いただしていましたが、何を言っているのかあまり
分かりませんでした。
その後は先生の部屋に連れていかれ、そこで私がさっき体験した出来事を話しましたが、
先生は変な顔をするだけで何も言いませんでした。
翌朝、朝食を食べた後私だけ先生と行動しました。
昨日先生に言ったように私は置いてきてしまったキャンバスと絵の具を取りに行きました。
あの林に行くとキャンバスと絵の具はあったのですが何年も放置したかのようにぼろぼろになって
居ました。
その後も私は先生と合宿をして無事に家に帰ることができました。
あの出来事の後、私は美術部を退部しました。
理由としては、あの後に先生は何もしなかったから。
それと絵を描けなくなってしまったからです。
結局あのお爺さんが何だったのかもわかりませんでした。
ですが、今でも絵を描こうとするとあのお爺さんの声が聞こえます。
それが嫌で絵が描けないんです。
[死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?357]
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/occult/1570877860/