先日、暑い中色々雑用片付けて、さあちょっと昼寝でもしようとベッドに横になった
疲れてたからすぐにウトウトし始めたんやが、寝落ちる直前にふと思いついた
幽体離脱とか明晰夢とか、よくわからんがそういうの
目をつぶったまま、あー意識なくなるー、ふわー、みたいな一瞬を狙ってがばっと起き上がってみた
実際には腹筋弱っとるし、そんな元気に起き上がれんのやけど
なんか意識だけがヌルっと抜けたような気持ち悪い感覚があった
これが幽体離脱だったとしたら、自分が考えとった状態とはまったく違った
ピーターパンみたいに飛び回れるもんやと想像しとったが、抜け出した自分には手も足もない
視覚があるだけや
しかも、部屋の中の色彩がなくなってた
恐る恐る、寝ている自分を振り返ってみたら、人の形はなく黒いぐちゃぐちゃのかたまりやった
続く
手も足もない自分が一体どういう姿なのか、まったくわからない
動けないのだが、少しずつ、コマ送りのように、進みたい方向へ自分のいる位置が変わっていく
這いずったり転がったりでなく、うまく言えないけど、何秒かごとに微妙に離れた次の地点にいるのだ
これがものすごく体力を消耗する
そうしてなんとか部屋の引き戸の前まで来た
これほど意識がはっきりしているのだから、これは明晰夢なのだと理解した
肉体から離れて浮遊する夢を、明晰夢として見るのが幽体離脱なのではないだろうか、自分はどういうわけか失敗してしまったが
昼間なのに暗い部屋野中、そんなことを思考していた
続く
今年の盆休みは、実家に帰省するのを自粛している
それでというわけではないが、この引き戸を開けたら実家の居間やったらえーなーと思った
明晰夢なんだから、それは叶うはずだ
ごく自然に場面が変わった
そこは自分が知っている実家ではなかったが、母親がいた
ウォールナットみたいな濃い色の立派な木材をふんだんに使った、広々とした板の間
古民家をリフォームしたような、しっくりと味わい深い家だった
サンルームになっていて、外に出ずに洗濯物を干せるようだ
物干し台があり、竿がかけてあった
母親にはこちらが見えていない様子
おかあさん、と声を出したいが出ない
続く
おかあさん、おかあさん、おかあさん、と狂ったように呼びかけるんやが、声は出ていなくて、無性に悲しくなった
挙句、母親は大きな家買ってもらって、ええ暮らしをしとるんやなあとうらやましくなった
自分の視点は随分下の方にあった
地面を這う時の高さ
手も足もないし、多分ただの肉の塊なんやろな
それから、いつの間にか場面変わって、汚いコンクリートの道の上におった
向かって左側に、蛇行する道なりに廃墟みたいな平屋の家が何軒も連なっていた
廃墟に見えたけど、どの家も人が住んどる気配が微かにあった
その中のひとつが、なぜか自分の家やと外から見て分かった
実家とはまったく関係のない家やが
湿ってカビ臭い畳や、汚い炊事場や、土埃が積もった窓枠
そういったものが、やけにリアルに思い浮かんだ
詫びしさ、諦め、嫌悪感といった負の感情に支配される
もうだめだ、帰ろう、帰りたい、帰らせてくれ、と強く念じた
意識が肉体に戻ったのか、夢から覚めたのかわからんけど、元のベッドの上にいた
束の間視覚がおかしく、まっすぐ座ってもカーテンが45度ほど傾いて見えていた
なんか嫌な夢やったわ
これ、俺が小学校4年のときの話。今から15年前のことだよ。
当時、山中って子とよく遊んでたんだ。その頃も、子どもの遊びっていったらゲーム
だったんだけど、その山中ってやつは、親が許してくれないってんでゲーム機
持ってなくて、そのかわり、外で遊ぶことをいろいろ知ってたんだ。
例えば、拾った木の棒でノックするみたいにして石を打って、
小川の向こうまで10回のうち何回飛ばせるかとか、そういうやつ。
山中とは、4年生の新しいクラスで知り合ったんだけど、
俺はずっとゲームっ子だったから、そういうのが新鮮で面白かったんだよな。
あと、山中は遊ぶ場所もいろいろ知ってた。例えば、河口に下水が流れ出す出口とか。
3m以上高さのある土管なんだよ。そこに、水が流れてない時間に行って中を探検する。
あと、小山の裾にある配電の鉄塔の下とか。今から考えれば、どっちも学校に
知れたら怒られる場所だったろうけど、そういうのにじつに詳しかったんだ。
だから放課後、2人で自転車で走り回って、町の中のいろんなところに
行ったもんだよ。思い出すと懐かしいな。山中はそれなりにいいやつだった。
人の嫌がるようなことは絶対に言わなかったし、子どもなりにではあったが、
俺にいろいろ気を遣ってくれた。今になって、そういことがわかるんだよ。
ただ、小遣いはいつも持ってなかったから、アイスや飲み物なんかを
おごるのが俺の役目になってたな。ああ、本題に入るよ。そんときは夏休み中で、
俺らの小学校の学区からかなり外れた場所にある神社に行ったんだ。
小さなとこだったよ。神主とかはいなかったんだと思う。社殿の扉も閉まってたし。
なんでそこに行ったかというと、山中が社殿の下の砂地にアリジゴクがいるって
言ったからだ。ほら、神社は高床になってるだろ。その下に潜り込むと、
下が目の細かい褐色の砂になってて、そこにぽつぽつとへこみがあった。それに
手を突っ込んで中央の砂をつかみ、持ち上げると手のひらの中にアリジゴクが入ってる。
いや、殺したりはしなかったよ。ただ観察しただけ。殺したのはアリのほうだな。
それも俺らが殺したんじゃなくて、生きたやつをアリジゴクの穴に入れてやっただけだ。
アリがもがいて逃げようとしてもサラサラ砂が崩れて、どんどん中に落ち込んでいく。
そして真ん中まで落ちると、中からハサミが出てきてガジッとつかまえるんだ。
それをずっと見てた。けど、1時間もするとさすがに飽きてきて、
2人で神社の裏手に回ったんだよ。
そこはけっこう深い雑木林になってて、
強い日のあたった境内とは反対に、じめじめした感じで暗かったんだ。
で、どういうわけか社殿の柱に立てかけるようにして、
大きさの違う板が何十枚も重ねられてあったんだよ。うーん、もしかしたら、
神社の何かを作ったときの廃材だったのかもしれない。俺が見たかぎりじゃ、
あんまり面白そうなことはなかったんだが、山中が板の一枚を手にとって、
「なあ、神社を作らないか」って言ったんだ。これも、今考えると摂社ってやつのことを
言ってたんだと思う。ほら、大きな神社の参道沿いには、小さなお社がいくつも並んだり
してるだろ。あれのことだよ。で、俺もそのとき、面白そうだなってすぐ思った。
それで、2人で板を組み上げていったんだよ。もちろん、釘とか持ってたわけじゃないし、
セロテープなんかもないから、たんに板の下のほうを土に埋めて、
その上に屋根になる板を乗せただけだ。
山中は三角の神社の屋根の形にしたかったようだったが、それは
上手くいかなかったな。で、俺らの背丈より頭一つくらい小さい社殿ができると、
山中は鳥居を立てるって言い出した。それは無理だろうと思ったが、意外と簡単だった。
林の中から、できるだけ真っ直ぐな木の枝を拾ってきて2本立て、
横木はつるになった植物で結んだんだ。でな、鳥居ができると、
本物の神社みたいな雰囲気になって、俺らはけっこう満足した。
そしたら山中は「これだけじやダメだ。ご本尊をいれなくちゃなんない」って言い出した。
うーん、これも今考えれば言葉が間違ってるよな。ほんとうは御神体だったろう。
それはともかく、2人でご神体になりそうなものを探したが、
そんなのが落ちてるわけはないよな。林の中をうろうろしてたら、
林から田んぼに出るあたりの場所に、小さなお地蔵様があるのを見つけたんだよ。
頭巾もよだれかけも雨ざらしでボロボロになり、長い年月で顔の造作もわからなくなった
地蔵様。それを見て山中が「これにしようぜ」って言い、俺もすぐ賛成した。
そんときは、地蔵様を動かすのが悪いとか思わなかったんだ。でも、それからが
大変だった。だって小さいとはいえ、石の地蔵様なんだから、かなりの重みがある。
俺と山中で頭と足のほうを抱えて、ふうふういいながら俺らの作った神社まで運んだ。
中に立てたら、すごく様になってる気がしたんだよ。
で、さっそく俺が拝もうとしたら、山中は「お供えがなくちゃいかんだろ」って言った。
俺が「んじゃ、パンかなんか買ってくるか」と答えると、「いや、そんなんじゃ喜んでくれん、
お供えも作ろう」神社の境内のほうに戻ってたんだ。手水場で柄杓に水をくみ、
それを持って社殿の下に潜り込み、砂を水でこねて団子をつくり出したんだよ。
さっそく俺も真似をした。砂なんですぐに崩れてしまって不格好なものになったが、
2人で5、6個の泥団子ができると、山中は「仕上げだ」と言って、
その中に、掘り出したアリジゴクを埋め込んだんだ。それを抱えて社殿の裏に戻り、
俺らの神社の、鳥居と地蔵様の中間あたりに積み上げた。そして手をパンパンと叩いて
お祈りをしたんだよ。え? 何を願ったかとかもう覚えてないが、おおかた
テストの点を上げてくれとかそんなことだったろうよ。でな、それが終わると、
俺も山中も、ひと仕事終えたような充実感があったんだよ。
山中は、「これなあ、できれば鈴つけたいよな」って言い出し、「小さいのなら家にあったと思う」
俺が答えて、翌日もそこに来ることにしたんだ。その日はもう2時間くらい別のとこで遊んで、
山中とはわかれた。で、次の日、また山中としめし合わせてその神社に行った。前の日に
作った団子を見たら、積み上げたのが崩れて、団子の一つ一つに小指を突っ込んだような
穴が開いてたんだ。「これ、地蔵様がほじり出して中身を食ったんかな」
山中はそう言ったが、俺はアリジゴクが自力で逃げ出したんじゃないかと思ってた。
で、小さな鈴と簡単なヒモをくっつけたら、ますます神社らしくなったんだ。
ヒモを引いてリンリンとならしたとき、「た・り・な・い」って声が聞こえた。
「え?」と思ってまわりを見ると、山中が「今、何か言ったか?」って俺に聞いてきた。
「いや、なんも」 「足りないって声が聞こえたと思ったんだが」 「俺も」
うーん、どんな声だったかって言われてもなあ。・・・男の声だとは思った。
あと、年寄りの声とかじゃなかった気がする。むしろ子どもの声みたいな。
「んじゃあ、地蔵様が言ったんだろ」山中がそう言ったんで、ちょっとびっくりした。
石の地蔵様がしゃべるはずはないだろ。でも、山中は変だとは感じてないように見えた。
「カエルでも捕まえてきて団子に入れるか?」俺はさすがにそれは嫌だったんで、
「やっぱ菓子とかにしようぜ」それで2人で神社を出て、自転車で駄菓子屋まで行って、
安い菓子の袋を買ってきて供えたんだよ。これは俺が金を出したんだが、山中は
なんだか面白くなさそうな顔をしてたな。で、その日は網と虫かごを持ってきてたんで、
林の中でずっと虫とりをして遊んだ。その後、山中と別れて家に戻るとき、
ちょうど畑から帰ってきた婆ちゃんと家の前で会った。婆ちゃんは、俺の姿を見るなり、
ちょっと怖い顔になって、「お前、どこぞで悪い遊びしてこなんだか。
肩に黒いもんがのっとる」って言ったんだ。「いや、なんも。虫とり」
俺はそう言って虫かごを見せたら、婆ちゃんは「そうかい。じゃが、
そのまんまではいけん」そう言って、俺の襟首をつまんで無理やり家に入れ、
仏壇の前に座らせたんだよ。で、1時間近く婆ちゃんといっしょに仏壇を
拝ませられたんだ。いや、もちろん嫌だったし、わけもわからなかったけど、
やるしかなかった。婆ちゃんといってもまだ60歳を過ぎたばかりで、毎日
畑仕事をしてるから、子どもの俺よりずっと力が強かったんだよ。
それが終わると、「変な遊びせんで宿題やれ」そう言われて小遣いをもらったんだよ。
次の日もまた山中と神社に行った。山中はにやにやしながら先にたって裏手に回ったが、
俺らの神社の前に子猫の死骸があったんだよ。「うわ」と思った。
子猫の体中、ぼつんぼつんと鉛筆を刺したような穴が開いてたんだよ。
「これ、お前がやったんか?」山中に聞くと、驚いたような顔をして、
「いんや、猫の死骸を拾ってきてお供えしたのは俺だが、こんな穴は開けてないぞ」
ちょっとかすれ気味の声で言ったんだ。それから、猫の死骸を足でひっくり返し、「ほら、
お前が買った菓子の袋はそのまんまだろ。たぶん猫は神様が気に入って食ったんだ」
そんなことを言ったが、俺は気持ち悪くて、神社への興味がサーッと引いていったんだ。
「なあ、これからプール行かないか」と山中を誘ったら、「ああ、たまにいいか」
山中も乗り気で、お参りしないでその場を離れようとした。そのとき、また、
「た・り・な・い」 って声が聞こえたんだよ。前と同じ声だと思った。俺と山中は
同時にあたりを見回したが、人の姿はなかった。俺は自転車まで走っていき、
山中も後に続いた。で、俺らの家の近くまで全速で自転車を漕いで、
お互いプール道具を取ってきてもう一度集合することにした。
けども、それが俺が山中を見た最後になったんだな。
プール道具を載せて自転車で集合場所にしてたバス停に向かうと、サイレンの
音がしてて、たくさん車が停まってた。パトカーと救急車もいた。ちょうど担架に
のせられた人が救急車の後部に運び込まれていくとこで、足だけが見えたが、
それが山中のボロっちいズックだと思ったんだよ。俺はどうすることもできず、プールには
行かずに家に帰ったんだ。一人でテレビ見てると、パートに出てた母親が帰ってきて、
「なんか、子どもが事故にあったみたい。近所の人が噂してたけどあんた知ってる?」
って聞いてきたから、俺はプルプルと首を振ったんだ。後でわかったんだが、
事故にあったのはやはり山中で、トラックの後ろを自転車で走ってたら、
積んでた鉄筋が何本も落ちてきて頭に刺さったってことだった。即死だったんだ。
それから夕飯前に婆ちゃんが戻ってきて、俺の顔を見るなり、「あれほど
いけんと言うたやろ」そう言ってまた、仏壇の前に2時間正座させられたんだよ。
ま、これでだいたいの話は終わり。それからしばらくの間、婆ちゃんは
畑に行かず、ずっと俺を監視するように そばについて宿題をやらされた。
おかげで宿題が新学期までにできたのは、あの夏休みだけだったよ。
あと、学校で山中と一番親しかったのは俺なんだが、葬式には呼ばれなかった。
山中の家は新興宗教に入っていて、その人たちだけで葬式を出したみたいなんだ。
もちろん俺は、婆ちゃんをふくめ神社での話は誰にもしゃべってない。ここで今
話したのが初めてなんだよ。ああ、あの神社なあ。夏休みが終わって少ししてから、
怖かったけど気になって一人で見に行った。裏手に回ってみると、俺らが作った鳥居や、
板の社殿はなくなってたが、地蔵様だけはそこに残されてあった。でな、最初、
すり減って表情もわからなかった地蔵様の顔が、なんだか微笑んでるように
見えたんだ。それで俺は「ああ、足りたんだな」って思ったんだよ。
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