ひとつは真面目なやつ、もうひとつは遊びのやつと呼ばれている遊びのほうのオカ研は有名な心霊スポット巡りを楽しむ陽キャのサークルで
真面目なほうは心霊現象を科学的に研究するのが目的の陰キャのサークルだ
サークル間の仲は悪くないが、性格とノリが合わないため住み分けして暮らしていたそんなある日、陽キャなオカ研の部長から相談事が持ち込まれた
大学近隣の心霊スポット、Uトンネルに行ってから部員の女の子のようすがおかしい
Uトンネルに遊びに出かけたときに、どうやら悪い霊にとりつかれてしまったのだという
夜中になると部屋のすみに苦しげな呻き声をあげる黒い影が現れるようになったらしいUトンネルは車で一時間強の距離にある、有名な心霊スポットだ
深夜やBSの、低予算な幽霊特番にもたびたび出演する有名なロケ地でもある天井から白い着物すがたの女の幽霊が落ちてきた
バックミラーを覗くと後部座席に座る血まみれの男が睨みつけてきた
黒い人間のような影を撥ねてしまい急ブレーキを踏んだが、道には誰もいなかった
トンネルの怪談でよく耳にするタイプの霊現象は一通り揃えてた心霊スポットである
「お祓いができる霊能者の知り合いとかいない?」と相談された
いる・いないで語るなら自称・他称の霊能者の知り合いは大勢いた
ただ、霊能力を頭から疑ってかかる人間と仲良しになってくれる霊能者は少ない
それでも良いからとお願いされたので、適当な霊能者の連絡先を教えて帰ってもらった
だがトンネルは近場であり知名度もそこそこの心霊スポットであるため
歴代のオカ研OBたちが幾度となく調査にでかけた心霊スポットであるレ〇プ殺人で置き去りにされた少女は存在しなかった
トンネル工事中に生き埋めにされた作業員も存在しなかった
自動車で100往復、超常現象が発生しないか期待しながら実験したが何も起きなかった
地道な調査の結果、Uトンネルは完全無害なシロであることが過去に確認されていたのだとはいえ、霊にとりつかれた人間が目の前に現れたのだから再調査を行うことになった
くじ引きで選ばれたのは、わたし、A男、B男、C男の四人だ
とても残念なことに、全員が男性であるあとになって知ったことだが
恐怖体験のあとの〇ックスは、とても良いものらしい
どうして陽キャのオカ研に入部しなかったのか、わたしはいまでも後悔している
向こうのオカ研は、新人歓迎会のコンパ気分でUトンネルを利用しているらしい
呪われろ閑話休題
わたしを含めた四人は、調査用の機材を積んだ自動車で深夜のUトンネルへと向かった
Uトンネルまでは自動車で一時間ちょっと、少しばかり長めの夜のドライブになる
新しい幹線道が造られたことで旧道となったUトンネルまでの道のりはとても暗かった
道沿いの家の活気や生活感といったものが、新しい道に奪われてしまったかのようだった
田んぼ、畑、道のわきに点々と輝く街灯、月明りをさえぎる横並びの樹木の影
電信柱に針金で縛りつけられた看板は錆に汚れて、もはや何が書かれていたのかわからない
寂れた古い道を進むあいだには、すれ違う対向車もなく、車のエンジン音だけが耳に響いた
Uトンネルの噂を耳にしていなくとも、窓の外にある景色そのものが恐ろしい
ヘッドライトと間隔の長い街灯が半端にあるために、光に触れない暗闇がいっそう深く思えた
車外の雰囲気に飲みこまれ、長い沈黙が続いた
「てれれってってってっ! てれれれ、てってっ!」
唐突に叫んだのは、運転席でハンドルを握るAだった
なにごと!? と驚いた三人の視線がAの顔に集中する
「てれれってってってっ! てれれれ、てってっ!」とAの口からはさらに続いた
もしかして、入られたのか? と、わたしは想像した
オカ研のみんなも同様のことを想像したらしい
Aを除いた誰もが恐怖に身を固くした
「A!! おまえ大丈夫かっ!?」
「いやちょっと、静かすぎるのが耐えられなくて・・・ゴーストバスターズ!!」
うん、わかる
みんなもAの気持ちは理解したらしい
男子大学生四人組による合唱が始まった
英語の部分の歌詞はわからなかったので
ゴーストバスターズ!!と、てれれ!!の部分だけがなんども繰り返された
カラ元気を奮い立たせた陽気な四人組のカルテットも
トンネルが近づくにつれて歌声に元気がなくなり始めた
エンドレスに歌い続けるのに飽きた疲れたというのもあるが
トンネルに近づくにつれ急なカーブが多くなり、Aが運転に集中する必要があったからだ
Aはまだ大学生で、街中の平坦な道ならともかく、不慣れな山道となれば緊張の連続だ
正直、目的のUトンネルや幽霊なんかよりも、目の前の道から崖下に落ちる事故が怖かった
外の暗闇も、車内の沈黙も、目の前の事故も、すべてが恐ろしい
Uトンネルの入り口、心霊スポットを照らす光を目にしたときには、むしろ逆にホッとしたほどだった
トンネルの手前で停車したAの声だ「とりあえず機械を動かしながらトンネルを走ってみよう」調査用の機材であるノートパソコンを起動させた
ノートパソコンに赤外線や電磁波など市販のセンサー類を取り付けただけの簡単なものだ
だがこれでも、海外の幽霊調査番組で使われる機材とほぼ同等の性能を備えている
人の目とセンサーの数は多いほうが良いと、各自が携帯を動画モードに構えて突入したUトンネルの内部は、なんなら、いままで登ってきた山道よりも明るいほどだった
地図上は、長さも1キロに満たない、緩やかなカーブを描く短いトンネルだ
1分とかからず出口側の暗い穴が見えるはずだった
わたしは携帯のカメラをコンクリートの壁面に向けて撮影しながら通り抜けるのを待った夜のガラスは光の加減で、ときおり鏡のようになる
トンネルのなかのちらちらとした照明の下を通り過ぎるたび、わたしのすがたが映った
携帯のレンズを車の外に向けて撮影する自分の顔が見えた
「ひっ・・・」
声が聞こえた
誰のものかはわからないが、怯えた声だった
一瞬遅れて、わたしの背筋を這いあがる冷たい震えを感じた
ゾクリ、となにかの悪い予感がした
「ふひっ・・・」
わたしも驚きのあまり声を漏らした
車の外側からこちらに携帯を向けて撮影する男のすがたが見えた
その男は、わたしでは無かった
怒りに満ちた形相の男が車の外から、わたしたちのことを睨みつけていた
こちらを睨みつけてくる男の視線から、わたしは目を逸らすことができなかった
Aがトンネル脇の空き地に停車させるまで、わたしは恐怖に固まったままだった幸いだったのは、運転手であるAだけがなにも目にしなかったことだ
わたしを含めた他三人は、トンネルのなかで説明のつかない何かを目にした
三人ともに口数は少なく、無言のうちに、もう帰りたいと弱音を口にしていただからなのか、Aひとりだけが妙に強気で、Uターンしてトンネルへの再突入を主張した
主張というよりも煽ってきた「もしかして、ビビッてんの? だっさ・・・だっさぁ!!」この男、すげぇムカツク
おまえさっきまで、ゴーストバスターズ歌ってただろ
自分以外の全員がなにかを見たのだから、Aも内心ではビビッているのは分かっていた
男としてマウントが取れたので、ちょっと調子にのっているだけだ
「俺も幽霊のこと見たかったわー。すっげぇ見たかったわー」
とか主張しているが、調子にのっているだけだ
「じゃあ、ひとりで往復して来いよ。俺らはここで待ってるから」
「はぁ? ひとりで往復とか面倒だからおまえら置いて、そのまま帰るけど良いの?」
「ふっざけんなよ。ブッ〇すぞ、おまえ?」
「これ、俺の車だから。ひとりで帰るのは俺の自由だから。わかる?」
こうして深夜のUトンネル前の空き地で低レベルな争いが始まったのだが
この辺のくだりは、とてつもなく長くなるので残念だが割愛したいと思う
再突入の際には誰もが怯えていたものの、なにかの霊現象に出会うことは無かった
二往復、三往復と繰り返すうちに、どんどん強気になり、気持ちも楽になっていった機材を使った調査そのものは10往復するうちに終わった
これ以上なにも起こらないなら、往復する意味がないと打ち切りにしたのだ大学に戻ったあとで、それなりの仮説はたった
夜のUトンネルには電荷が溜まる、そのなかを自動車が通過すると、ある種の力が発生するというものだ高校物理を習った人間には、フレミングの左手の法則と説明すれば話が早いと思う
最初にUトンネルを通過した一度だけ、センサーがとても強い電磁波を記録していた
二度目、三度目と後半になるほど、計測された電磁波は弱いものになっていた立てられた仮説はこうだ
暗い山道を登るなかで神経が張り詰めたところに強い電磁波を浴びると幽霊を目撃する
温度、湿度、風速、そのほかの条件が重なったとき、Uトンネルは心霊スポットになる
いわゆる、サードマン現象の発生地帯であるというのが再度の調査で判明したことだった
残念なのは、調査結果を知らせても霊にとりつかれたという彼女の霊障は治らなかった
それどころか、存在を否定された霊が激怒して霊障が悪化したと霊能者から注意されたらしい
わたしたちとは縁を切るよう霊能者に命令されて、彼女は霊能者の命令に従った
あとは、取り付く島もないというやつだ
彼女が霊にとりつかれたのか、とりつかれたという妄想にとりつかれたのか、それは知らない
人間は見たいものを見る、聞きたいものを聞く、信じたいものを信じるというやつなのだろう
Uトンネルから戻ってから一月ほど
鏡や窓ガラスのなかに、わたしを睨みつける男のすがたを見た気がしたが、気のせいだ
眠るときに怖くて消せなかった明かりを消せるようになるころには、男のすがたも消えていた